若き店主と囚われの薔薇
恐怖、彼、薔薇の宝石
初めて、あの方以外の前で自分の名を口にした。
テンに手を引かれて他の子供達の横に座ると、エルガと名乗った彼がパンを差し出してくる。
数日ぶりに口にした食べ物は、お世辞にも美味しいとは言えなかったけれど。
私は、泣きながらそれを食べた。
初めて食べたはずの乾いたパンは、何故か懐かしい味がした。
固いパンを噛む度に、ああ自分は今ここに生きているんだと実感して、涙があふれた。
クエイトは、ここにはいない。
心を捧げていた相手は、ここにはいない。
けれど私は、生きている。
信じられなくて、認めたくなくて。
これは夢だと思いたくて。
彼が私を捨てたなんて、何かの間違いだ。
今もそう思っているのは、事実。
だって私は、本当に彼に愛されていたから。
それでも、私が今彼のいない空間で生きているのも、紛れもない事実だった。
「あ。おはよう、ロジンカちゃん」
朝の光が、奴隷達のテントへ射し込んでいる。
声に目を開けると、微笑んだテンの顔が、視界に広がった。