愛罪
「もちろん、証拠もなく肯定は出来ませんが……主治医とナースがまだ健在の時期、彼女は何度か病院を訪れていたようで。詳しく知る方はいなかったのですが、主治医を訪れていた日もあったらしく……」
後藤さんの声は、いつになく不安定だった。
恐らく彼自身、混乱しているのだろう。
真依子が関わっていると目星をつけても、決定的な証拠がなければ彼女を問いつめることすら出来やしないのだ。
「何もわからない時点では彼女の存在を話すわけにはいかず、まだ主治医やナースの親族とは会えないのですが、どちらの遺書も病院から出てきたようで、仕事に疲れたということだけ書き残してあったと。……もう一度お母様を含めた三名の件を整理し、調査にあたりますね」
礼儀に反するほど口を閉ざしたままの僕に嫌な声ひとつ出さず、後藤さんは僕の「よろしくお願いします」という言葉で電話を切った。
そうっと携帯を耳から離して、しばらくの間、瑠海が撮影した空の待ち受け画面を見つめる。
「……お兄」
新しく追加された彼女の行動の不気味さを思案していると、小さな声が僕を現実へ引き戻した。
迷うことなく僕の視線が父親の墓石へ移ると、ひょっこりと顔を出した瑠海が心なしか不安そうに僕を見ていた。
僕は、気持ちを切り替えるように携帯をポケットに隠す。
「瑠海。ケーキでも買って帰ろっか」
「……うん!」
ふわりとほんの少し笑いかけると、曇っていた彼女の顔が柔らかく輝き、僕に駆け寄ってくる。
近づいた小さな体を受け止めると、僕は真依子のことをぼんやりと脳裏で思い浮かべながら霊園をあとにした。