愛罪



「あなた、名前は?」

「…言う必要ある?」

「いいじゃない。家にまで上げて貰ったんだから、恩人の名前くらい覚えておきたいでしょ」



 断りなしにベッドに腰掛けた彼女は、僕の目など気にせず伝線の入ったストッキングを上品な仕草で脱いだ。

 知らない男の前で上品に素足を晒すなんて、うって変わって下品だと思ったけれど。

 僕の脳は、どこでフーガを知ったのか、初めて聴いたとき何を思ったのか、そんな好奇で埋め尽くされていた。



「あたしは真依子。これ、どうもありがとう。助かったわ」



彼女もとい真依子(まいこ)は、下着が見えないよう器用にストッキングを履くと僕を見あげて小さく笑んだ。



 脱いだ廃品を足許のバッグにしまう姿を見て、このまま帰してしまっていいのかと自問したのは言うまでもない。

 もったいないんじゃないか?と、そう思った。

 僕が最も愛するショパンの曲、フーガを知る女性と初めて出会ったのだ。

 目に見えるものしか信じない僕は“運命”という言葉を使いたくも言いたくもなかったけれど、その言葉の意味に似た何かを、彼女から感じた。



「最後にもう一度。あなた、名前は?」



 バッグを手にベッドから腰をあげた真依子は、僕とほぼ変わらぬ目線で軽く首を傾げた。

 改めて目を合わせると、高嶺の花という言葉が似合いの美人な彼女に僕は言う。



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