愛罪
もう僕の髪の毛を触ることに飽きたのか、瑠海はくるりと体を元に戻して適当にピアノを弾きはじめる。
僕はそんな不規則な音色を聞きながら、数日前の出来事を思い返していた。
僕は、馬鹿だった。
真依子を、抱きしめた。
弱った姿に、同情した。
あんなに情けなくて憐れな自分と出逢ったのははじめてだったし、改めて自分の甘さを思い知れた。
今あの日を思い出してみても、脳裏に浮かぶ僕は酷く滑稽だ。
母親の死に関するほんの僅かな情報すらない今の僕は、あの日巡り合い、肌を重ね、黙って僕の前から消えた彼女だけが頼りだったはずだ。
母親のため、瑠海のため、祖母のため、そして、自分自身のため。
だから逃がすまいと捕まえておきたくなる気持ちを、もしかすると“あれ”と勘違いしてしまっているのかもしれない。僕の脳は。
ーーつまり、恋だ。
違うと言えるのは確かだけれど、そうだとしても認めたくないのが僕の現状。
もしかしたら母親を手にかけたかもしれない女性だ、例えあたしか死を選べと言われたって選びやしない。
心は、まだ大丈夫だ。
心は、まだ真依子を嫌悪している。
気をしっかり持っていれば平気だと思う。もう、あんな失態はご免だ。
生半可な気持ちで彼女と会うのは、控えよう。