愛罪



「…そら」

「…何よ、いきなり素直になっちゃって」

「君が聞いたんでしょ」



 それはそうだけど、そう言って美しい歯の羅列をちらりと覗かせた彼女に、柄にもなく心臓が音を立てるのを感じた。

 ――『ピアノのことになると、そらは素直になるのね』

 ああ、どうしてこんなときに母親の言葉なんかを思い出すのだと自分の思考を恨んだけれど、あの言葉はあながち間違えてはいなかったらしい。

 小さいながら、馬鹿にされたような気がして拗ねた記憶があるけれど。



「フーガ……どこで知ったの」



 僕は、パーカのポケットに両手を忍ばせてそばのベッドに腰を沈めた。

 視線だけで見あげた真依子は、僕を見おろしてどこか誇らしげに答える。



「兄の影響よ」

「初めて聴いたとき、どう思った?」



 親族の影響。想定範囲内だった。

 かくいう僕も、ピアノ教室を開いていた音楽好きの祖父の影響でピアノの素晴らしさを知った。

 時間を費やして本格的に学んだわけではないけれど、四年前に他界した祖父の遺品であるグランドピアノは親族の反対なしに僕の部屋へと運ばれた。



 大きな鍵盤に乗った僕の小さな手に重なる祖父の温かい手を思い出していると、真依子は僕の質問に答えるためか静かに隣に腰掛けた。



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