愛罪
彼女は言っていた。
『兄のためなら、何だって出来る』。
恐らく、真依子は頭がいい。
それも、勉強が出来るだとか計算が得意だとか、学生の自慢とはかけ離れた才能。
物事を良く見て、感情の機微にも敏感。自分のことは何ひとつ悟られぬよう平然としているのが得意でーー嘘が、うまい。
僕があの日同情した真依子が本当の真依子か偽りの姿なのかは知らないけれど、もしもあれが嘘だったならば僕は自分を軽蔑しよう。
そして、騙された己を罵るのだ。
「…きっと彼女ですよ。殺したのは」
「え?」
沈黙を貫いていた僕が唐突に言葉を零して、しかもその意味深な内容に度肝を抜かれたように後藤さんは瞠目する。
いつだって涼しげで暖かい瞳が、困惑の色に染まった。
「殺したというよりは追い込んだという言葉の方が合ってますけど」
「…それはどういう…?」
謎めいた僕の発言に、彼は膝に肘を置いてその手を祈るように組んで前のめりになった。
深く寄せられた柳眉が、後藤さんの真面目さを表している。
悩んだ末僕は、真依子が兄を心から愛していたこと、兄のためなら何でもすると覚悟していたことを話した。
後藤さんは終始、それが語られる僕の唇を射抜くように見つめていた。