愛罪
「心が震えた気がしたわね。父に叱られたあたしに兄が聴かせてくれたのだけれど、あまりの物悲しさに涙がとまったわ」
真依子は、幼少期の記憶を辿るように少し下を向いてそう話した。
確か、そう。
僕も、心の震えを感じた。
まだ感情の動き方を理解出来ていない幼少期でも、祖父の指先が繋いでいく音色を夢中で追いかけたのを覚えている。
美しくもあり、物悲しくもあり、怖くもある、とても不思議な音の変化にころころと心の動きが激しくなったのも鮮明に記憶にあった。
「兄には負けるけれど、そらの音も凄く心地よかったわ」
「…真依子はピアノ、するの」
「不器用だから、無理だったわ。指先を追いながら聴くのが好きなの」
僕の太ももを鍵盤に見立ててピアノを弾くフリを見せる真依子。
どこまで僕の感性に重なってくるつもりなのだと、彼女という人間の五感全てを知ってみたくなった。
自ら女性を求めることはあっても、今までそれはただの性欲処理や暇つぶしでしかなかったような気がする。
相手も望んで僕を受け入れるのだから、互いの間に愛なんてものがなくとも背徳感は微塵もなかった。
だから「抱いて」と言われれば相手の性欲を満たしてあげたし、のしかかる僕を拒む者など現れた試しがない。
だからだろうか、心から知りたいと触れたいと願う真依子を、欲のままに押し倒すことが出来ないのは。