愛罪
静まり返った廊下は無人で、だけど僕の視線は一枚の扉で止まる。
少し開いた扉から漏れる一筋の光。
フローリングに伸びたそれを求めるように扉へ近づくと、僕はそっと伸ばした手で扉を二度ノックした。
「葉月さん、いいですか」
ノックのあと窺うように声を掛けると、耳が捉えたのは微かに鼻をすする音。
ドアハンドルに触れた手が一瞬フリーズして、僕の呼吸をつまらせる。
泣いているのだろうかという予感は、的を外すことなく的中していた。
きっと、辛い役目を与えたのだ。
僕が悪い。
そうっと扉を押すとそこは薄暗い寝室で、間接照明の柔らかい光がダブルベッドに腰かける葉月さんを浮かびあがらせる。
彼女は僕の登場に少し顔を背け、それでも泣くことをやめなかった。
「…入るよ」
震える肩を見つめたあと、僕は小さな声を零して寝室に足を踏み入れる。
葉月さんはサイドボードに手を伸ばし、静かな部屋に音を響かせながらティッシュペーパーを二枚抜いた。
僕はその姿を捉えながら傍まで歩み寄り、葉月さんの向かいにあるデスクに右手を添えるようにして足を止めた。