愛罪
「僕だって、葉月さんに好かれてないんだろうなって思ってたよ」
ぽふんと彼女の隣に腰を下ろした僕が言うと、葉月さんはこちらを見つめて首を横に振る。
「そんなこと…!」
「うん、わかってる。お互い勘違いだったってこと」
慌てたように否定を示した葉月さんを宥め、僕は浅く頷いて見せた。
その言葉の意味を理解したのか、寄せていた愁眉を消した葉月さんは安堵したように唇の端を震わせる。
「もう泣かないで」
僕は、すぐそこにある大切なものの傍をいくつ通り過ぎて生きて来たのだろう。
きっと、今まで数えきれないほどのものとすれ違ってきたのだと思う。
再び泣きはじめた葉月さんの背中に触れようとした手は一瞬、躊躇うように止まったけれど、僕はそっとその背中に触れた。
母親とも、こうして心を通わせたかった。
出来ることならば、父親の分まで目一杯愛してあげたかった。
愛するべきだったのだ。
意味のないプライドなんて捨てて、普通の母子としてあの家をもっと暖かくて心地よい場所にしてあげたかった。
全て過去形になってしまう感情に少しの悔いを抱きながら、僕は撫でる葉月さんの小さな背中をーー母親と重ねた。