愛罪
しばらく無意識に瞬きを数えていると、静寂としていたリビングに小さな物音が響いた。
瑠海が階段をおりてくる小さな足音。
彼女の体にとっては大きな階段だから、一段一段しっかりと一生懸命におりてくる、愛おしいその足音。
瑠海には、悪いことをした。
僕の心臓は一応、まだ正常だった。悪いことをしたと認識してくれた。
これがなくなったときが、僕の最期だと思う。
そうっと窺うように開く、扉。
丸い瞳がきょろきょろとリビングを見回す姿が目に浮かぶ。
はじめは意地悪をしてみようかと思ったりもしたのだけれど、無理だった。
僕はふとあげた左手でキツネを作り、扉を少し開けている不安げな彼女へ“ここだよ”と伝える。
ソファから急に伸びた腕に驚いたであろう瑠海は、一拍置いてリビングに入って来た。
「お兄…」
てくてくとこちらへ歩み寄り、僕がいる方へ回った瑠海は開口一番にそう呟いた。
今にも泣きだしてしまいそうな、か細い声。胸がきゅんと疼く。
「…今日のお兄、こわい」
僕が何か返そうとしたのを、瑠海の小さな声が遮る。
情けなく横たわる僕は瑠海の目にどう映っているのだろうか、無性に怖くなって体を起こした。
「…永瀬さんのところ行くから、歯磨きしておいで」
下唇を少し噛む瑠海に僕は、後藤さんと会う約束をしているためそう伝えた。
何を言っても、彼女をまた傷つけてしまいそうな気がして怖かった。
瑠海はしばらく僕を睨むように見つめたあと、俯き気味にキッチンへ向かう。
その小さな背中を見つめながら、僕はそっと二度目のため息を吐いた。