愛罪
それでもなかなか本題を口にしない真依子は、しばらくの沈黙のあと静かに口を開いた。
「…フーガ、聴かせてくれないかしら」
一体何をそんなに躊躇っているのだろうか、フーガを聴かせて欲しいと今まで頼まれた中で一番申し訳なさそうだった。
「別に構わないけど、聴いたら話すの」
「ええ、話すわ」
曖昧ながらも頷いた真依子を見て、僕は気づかれないようにため息を吐いて立ちあがった。
抱いていたクッションをソファの背凭れに預けて僕のあとに立ちあがった彼女と共に、自室へ向かう。
正直、真依子の言いたいことは想像もつかない。
母親のこと?
茉里さんのこと?
主治医のこと?
それとも別の何か?
いくら思案したって、それ以外の僕らの共通点は見つからなかった。
薄暗い自室に彼女を招きいれると、僕はカーテンを一枚引いて日射しを部屋へ送りこんだ。
瑠海の好きな晴れだ。喜んでいるかな。
テラスの向こうに広がる青々とした空をしばらく見つめたあと、はっとして振り返るとピアノのイスに座った真依子がじっとこちらを見遣っていた。