愛罪
「あなた、そらって名前なのに太陽が似合わないわね」
ふふふ、と吐息を零して薄く笑った彼女に無表情を返しながらピアノへと歩み寄る。
僕が傍まで来ると、真依子は僕の腕を借りて立ちあがった。
ピアノに寄り添うようにいつもの定位置に立った真依子を確認すると、僕はピアノの蓋を開けて深紅の布を外す。
顔を出した純白と漆黒の鍵盤は眩しく、久しぶりの対面だった。
指を慣らすために曖昧な音色を奏でると、ちらりと真依子に目配せをしてフーガを弾きはじめた。
彼女は、序盤から目蓋を閉じて僕の作りだすフーガに酔いしれた。
手許と真依子を交互に見る僕も、ある意味真依子とフーガに酔いしれているのかもしれない。
そう思うと、何だかおかしかった。
約二分の曲が静かに終わると、真依子はふっと目蓋を持ちあげて柔らかく瞬きをした。
「ありがとう。やっぱり、あなたのフーガは素敵ね」
形の良い唇でにこりと笑った真依子。
彼女の言葉を無視して、僕は早々にピアノの後片づけを始めた。
「前置きはいらない。話して」
ぱたり。
ピアノの蓋を少し荒く閉じて、僕は冷たくそう言い放った。