愛罪
シャワーを浴びてリビングにおりてくると、祖母との電話を終えてからずっと頭を離れなかった現実とふたりきりになる。
真依子のお腹に、僕の子が宿った。
この事実を告げられたのはつい昨日のことで、彼女はあのあと『そらの気持ちに答えが出たら連絡して』と言い残して去って行った。
外が暗くなるまで、僕はピアノのイスから立ちあがることが出来なかった。
付き合っていない女性を妊娠させてしまうだなんて、自分には起こり得ない未知の世界の話だと思っていた。
それこそ、中高生が主人公の恋愛小説や、一昔前のドラマの中のハッピーエンドで終わる創作だと。
現実的に考えると、僕は『堕ろして欲しい』だなんてとても言えない。
まだ形もなく米粒のような存在でも、命は命だ。
『堕ろす』だなんて専門用語が作られているけれど、それは『殺して』と頼んでいるのと同じ意味を持っている。
何度目かわからないため息をついてソファに腰を沈めた僕は、だらしなく背凭れに体を預けた。
ぐるぐると回るシーリングファンを見つめながら、こうしている今も彼女の子宮の中でゆっくりと成長する命のことをどう話し合うべきかと考えた。