愛罪
「別に止めやしないよ、そら」
横から伸びた皺のある華奢な手がガスコンロの火を止め、僕の二の腕を叩く。
落としていた視線をあげて祖母を見ると、その顔には屈託ある微笑が浮かんでいた。
「無茶だけはしないようにね」
きっと、まだ何か言いたいことがあった様子だったけれど、祖母はそれ以上口を開こうとはしなかった。
僕は鍋のお湯を捨てて見張り番を終えると、あえて言葉を掛けずにキッチンを出る。
ーー婆ちゃん、ありがとう。
この言葉は、取っておきたかった。
母親の自殺の真相があったなかったにせよ、全てに区切りがついてから見守ってくれていた祖母にそう伝えたかった。
「お兄!ここ座ってー!」
キッチンを出ると、待ってましたと言わんばかりに瑠海がソファの隣をぽんぽんと叩いて僕を呼んだ。
頷いてソファに近づくと、彼女とぴったり寄り添うようにしてソファに腰をおろす。
「お兄、真依ちゃんとケンカしたのー?」
「…どうしてそう思うの」
「真依ちゃん、おうちに来なくなったもん」
アニメが流れるテレビ画面を見ながら喋ってくれたお陰で、小さな動揺は悟られなかっただろう。
僕は「忙しいのかもね」と適当な嘘で瑠海を騙し、冷めた瞳でじっとテレビ画面を見つめた。