愛罪
「どうしたの」
そんな瑠海に薄く笑みを向けてから、ピアノに視線を戻して軽く尋ねる。
答えはわかりきっているけれど(つまらない、又はどこかに行きたいと言うに違いない)、一応知らない振りをした。
すると瑠海は、今の僕の唯一の弱点を的確に潰しにかかるよう、こう言った。
「真依ちゃんに会いたい」
決して悲願するような落ち着いた声ではなく、甘えるような弾んだ声だった。
ぴたりと手の動きを止めた僕を、彼女はきっとそこまで不思議には思わないのだろう。
そんな瑠海に情けない表情を見せないよう、ゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「…掃除が終わってから、電話してみようか」
もう、喧嘩の引き金を引きたくはなかった。
まだ気持ちの整理がついていない状態で真依子と会うことよりも、また瑠海とすれ違うことの方が嫌だった。
僕たちの問題で瑠海を犠牲にするのは違うと思うし、色々と悩んでいるはずの真依子も瑠海と会えば少しは元気になってくれるかもしれない。
僕の言葉に「絶対だよ!」と言って無邪気に笑った瑠海を見てから、僕はいつもより三十分、長くピアノの手入れをした。