愛罪
「ごめんね、瑠海。すぐ戻るから待ってて」
僕はそう言って彼女の頭を撫でると、シャツを掴む小さな手をそっと外した。
名残惜しそうに離れた手は、嫌だと一度は僕の指を掴んだけれど、僕の無表情を見てむっとした表情で指を解放してくれた。
「すぐ帰るね」
本当のことは、言わなかった。
すぐに帰れる保証なんてどこにもなかったし、かと言ってそう伝えるのも違う気がした。
でも、すぐに帰りたい気持ちは偽りではなくて。
どうなるかなんて誰にもわからないけれど、とにかく僕は行動しないと気が済まなかった。
不安そうな瑠海としばらく見つめ合い、僕から視線を外してその瞳で葉月さんと目を合わせる。
彼女もまた、瑠海のように切なく揺れる瞳で僕を見ていた。
「…葉月さん、瑠海をよろしくね」
このとき、僕は感じた。
葉月さんは、僕が良からぬことを考えているんじゃないかと思っていると。
でも、あえて否定は見せなかったし取り繕う必要はないと思った。
あながち間違っていないし、寧ろ良からぬことを考えているのはあの彼女の方だ。
握った手紙がくしゃりと音を立てるくらいにそれを握り締めた葉月さんは、僕を射抜くほどにじっと見つめて、一度だけ首を縦に振った。