愛罪
躊躇しているのか、時折目蓋を閉じては浅く深呼吸する彼女。
それほどまでに重要な秘密が隠されていたのかと思うと、不思議と僕まで緊張した。
「…夏海さんは、とても素敵で可憐な方ね」
ぽつり。
降りはじめたばかりの雨のように、真依子は呟いた。
本当に面識があったのだと実感したのは、彼女が母親を名前で呼んだその瞬間。
全てが繋がる糸口が見えた気がした。
「父が夏海さんを連れて来た日、何となく交際の知らせだとわかったわ。母や兄が亡くなってから、あんなに幸せそうに笑う父の姿は初めて見た。夏海さんはとても素敵な方なんだろうって直感したの」
訥々と、だけどしっかり話す真依子はちらりちらりと僕の様子を窺いながら続ける。
「でも、あたしは賛成したわけじゃなかった。心から信頼していたあの病院で兄を亡くしてから人を信用出来なくなって、聞けなかった職業や生活環境、夏海さんは信頼出来る人なのかって神経質になってしまって、うちから帰宅する夏海さんの後を……つけたの」
真依子は一切僕を見ず、声に辛苦を滲ませてそう告げた。
正直、何も言えなかった。
信頼していた病院で兄を亡くしたのは、きっと僕には計り知れないほどに辛かっただろうし、両親が親しくする人物が誠実な人か気になるのは子供の性だと思う。