愛罪
「夏海さんの自宅は凄く素敵な場所にあって、少し安心した。けれどどんな仕事をしているのかって職場も知りたくなって、夏海さんの出勤時間まで近くの広場で時間を潰した。そしたらね、夜中に夏海さんの家からそらが出てくるのを見たのよ」
見つめていた横顔がふとこちらを向き、不安定に揺れる瞳に捕まる。
夜中に僕が家を出るのは、コンビニに何かを買いに行くときぐらいだ。
まさかと思った。
この先は聞かなくても予想出来てしまい、同時に言い知れぬ後悔がじりじりと僕を侵食する。
「…嘘つき。そう思った。夏海さんは独身だとは言っていたけれど、子供がいるとは一言も言わなかったの。そのとき、既に夏海さんが憎くて仕方がなかったのだけれど、そのあと職場を知ってあたしは絶望した。殺意が芽生えたのよ、夏海さんに対して」
真依子はまっすぐな視線でそう告げると、今までの語りを落ち着かせるように小さく息を吐く。
何か言おうと思っても、言葉はうまく繋がってくれなくて、結局彼女が再び話しはじめるまで僕は無言を貫いた。
「それでね、あなたに近づいて家に招いて貰おうと考えたの。わざとストッキングに傷をつけて、外出したそらが帰ってくるとき、あたかも偶然を装ってあなたと出会った…」
近くを通りすぎる救急車の音が驚くほど響き渡って、信じたくない現実から逃れる術を必死になって思案した。
でも、そんな都合のいいものがあるはずなくて。
あの日の出会いを鮮明に思い出しては、後悔する他なかった。