愛罪
「…でもね、心底憎かったあなたがフーガを弾いているのを見て、そらのことが少し知りたくなった……そらにはたくさん嘘をついたけれど、フーガが好きだって伝えたあの瞬間はただのあたしだったわ」
衝撃と混乱で黙り込む僕に、真依子は当時を懐かしむように薄く笑んだ。
あのとき、お互い急速に惹かれ合たのは紛れもない真実らしい。
運命だと思っていた出会いが計算されたものだったという真実は消えないけれど、知らない場所で密かに運命は幕を開けていたのだ。
「思い出すことが苦しかった兄を、初めて苦しさも辛さもなく思い出せたのよ」
真依子は、儚く散る花びらのように美しく微笑んだ。
彼女の過去を全て知るわけではないけれど、不思議なほどに兄への愛を感じた。
フーガを、そして自分を、無償の愛で包み込んでくれていた兄を彼女は心の底から愛していたのだと。
「…だから、そらを純粋に慕う瑠海ちゃんは本当に可愛くて仕方がなかった。彼女に対しての感情には、一切の悪もなかったわ。でもね、あたしはずっと、そらを騙してた」
「…騙してた?」
微笑を消して、ふっと声のトーンを落とした真依子の言葉に思わず反応する。
今まで散々告白して来たというのに、今更何を騙してたと改めて口にするのかと。
彼女は僕の声にちらりとこちらを一瞥し、膝の上で重ねたバイカラーネイルが指先を飾る手許に視線を落とした。