愛罪
昨日の夕方に真依子の元から帰宅したとき、葉月さんはテレビも付いていないリビングにいた。
遊び疲れてソファで眠る瑠海の傍で、母親の遺書を握りしめて。
帰宅した僕が静かに隣へ腰かけると、彼女は呟くように言った。
『私、何も気付いてあげれませんでした』と、ただ一言。
僕は何も言わずに葉月さんの手から遺書を奪い、便箋を封筒に戻してそれをそっとテーブルに置いた。
たくさん掛けてあげたい言葉はあったけれど、今はあえて何も言わないで寄り添っていてあげようと思った。
それからどれほどの時間が流れたのか、もぞもぞと瑠海が目を覚ましたことで僕と葉月さんは我に返る。
何事もなかったかのようにお互い席を立つと、葉月さんはキッチンへ僕は瑠海とバスルームへ向かった。
寝起きで体温の高い瑠海を抱っこしながらリビングを出る際、ちらりと見た葉月さんと目が合った。
お互い何も言わなかったけれど、葉月さんはほんの少し微笑んで、ぺこりと軽く頭を下げた。
それだけで、救われたような気がした。
具体的に何に救われたのかと聞かれれば難しいけれど、あえて口を開かなかった僕の判断はちゃんと伝わっていたんだとわかり、嬉しかった。