愛罪



 そのまま瑠海とお風呂に入って、母親がすでにいないことを伝えようと思ったけれど、無理だった。



 シャンプーする僕に浴槽の中からジョウロでお湯を掛けて悪戯したり、泡だらけの僕の髪で遊んできゃっきゃとはしゃいだり、そんな瑠海から笑顔を消してしまうのが本当に怖かった。

 ただの臆病者だと言われても、ただの偽善者だと言われても、僕は本当に瑠海の号哭は出来れば見たくない。



「お兄ー?」



 つんつんと脇腹をつっつかれ、僕は現実に引き戻された。

 ふと視線を隣へ落とすと、片目を擦る瑠海の姿。



「寝てるよー?」

「ん?」



 天井を差すように人差し指を伸ばした瑠海を訝しげに見つめてから、自然とリビングを見遣るとソファに凭れて眠る葉月さんがいた。

 恐らくリビングを指したつもりの瑠海を見おろした僕は、しーっと人差し指を唇に当てて彼女に静かにするように伝えた。



 瑠海は小さな両手で口を押さえると、ぱちぱちと瞬きをして頷く。

 その姿が何だかもの凄く愛しくて、握ったままだった包丁をまな板に置くと静かにしゃがみこみ、不思議そうに僕を目で追っていた彼女をふわりと抱きしめた。



「どーしたの?」

「どーもしてないよ」



 変なのー、と呟いて僕から離れたがった瑠海を解放すると、歯ブラシを取ってと合図する彼女に応えて僕は立ちあがった。



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