愛罪
「何が言いたいの」
先ほどと一ミリも変わらない、目を伏せた姿の真依子の横顔。
その言葉の意図が読めずに訊ねると、彼女は僕を睨むようにすっと顔をあげた。
「…独り言よ」
「真依子」
「…あたしの話、してもいいかしら」
とても独り言には聞こえなかったのは僕も後藤さんも同じで、思わず言ってしまったことをうやむやにしようとした彼女を問い詰めようとしたけれど無駄だった。
真依子は僕から逸らした視線を後藤さんへ移動させて、先ほどまでの憂いなど一切感じさせない横顔でそう言った。
「…ええ、どうぞ」
まだ納得のいかない僕を一瞥しながらも、後藤さんは真依子の圧に押されてかこくりと頷いた。
「…あなたたちがずっと知りたかった、主治医と茉里のことよ」
足の爪先を貧乏ゆすりしていた僕と、姿勢正しく彼女を見つめていた後藤さんの時間が、ぴたっと停止した。
三人の間に流れていた何とも言えない微妙な空気などどこかに消え、息苦しいほど居心地の悪い空気が室内を包んだ。
僕が何を聞いても、後藤さんが何度聞いても、一切話したがらなかった事柄。
まさかこのタイミングで、しかも彼女から伝えようとするとは、誰も予想だにしていなかった。
「結論から話すわ。茉里はあたしの知らないところで悩み、自殺したのよ。あたし宛の遺書もある。……そこに全てが書かれてるわ」
真依子は徐ろに足許のバッグから取り出した白い封筒を取り出して、それをテーブルに置いた。
貧乏ゆすりを止めた僕がちらりと後藤さんを見ると、彼は目線で“先に君が”と便箋と僕を交互に見てくれたので、隣に座る真依子を一瞥してからゆっくりとそれに手を伸ばした。