愛罪
後藤さんは真依子を見つめながら便箋を畳み、それを丁寧に彼女の手へ返す。
そして姿勢を正し、無駄な動きひとつなく深く頭を下げた。
「二条さん、本当に申し訳ありませんでした。この失態は上司へ報告し、処分を、」
「…そんなことをさせるために話したわけじゃありません。そらを苦しめようと、そらに嫌われようと嘘に走ったあたしが悪かったんですから」
真依子は、後藤さんの言葉を遮って嘘を重ねた訳を話した。
やはり、全ては僕への憎悪が導いた言動だった。
僕をとことん苦しめるため、そして憎い僕に惹かれないように僕に自分を嫌わせるため。
真依子はどこまでも、嘘が上手かった。
自分を騙す嘘も、他人を騙す嘘も。
憎いほどに冷静で、その表情や口調に揺らぎなど一切なく、平気で自分を犠牲に出来る女性。
きっと、あとにも先にも、こんな掴みどころのない女性には出会わないだろう。
「…話はこれだけです」
重苦しい空気の中、はじめに口を開いたのは真依子だった。
茉里さんからの遺書をバッグに入れて、ソファから立ちあがろうとする。
「お待ち下さい」
「…もう、二度とここには来ませんから」
思わず彼女を引きとめた後藤さんだったけれど、真依子は立ちあがり、彼に背中を向けてそう突き放した。