愛罪
病院に着くと、真依子は僕の言いつけを守って病院の出入り口の外で僕を待っていた。
その近くにはバスやタクシーを待つためのベンチが連なり、真依子が立つ場所から一番近いベンチには喫煙所が設けられていて中年男性が煙草を吹かしていた。
風向きからして、その煙はふわりと空気中に消えながら彼女へと流れる。
「…お釣り、いらないです」
タクシーが停留所で停止したとたん、僕は千円札を二枚座席に置いてタクシーを降りた。
運転手の男性が呼び止める声を遮るように容赦なくドアを閉め、僕の到着に小さく唇の端をあげた真依子の手首を掴んで自動ドアを抜ける。
「ちょっと、そら?」
焦るように付いてくる、彼女のフラットシューズの足音。
体のことを考えてパンプスをやめたくせに、どうして煙草のことは気づかないんだ。
理不尽にも思える怒りを持って、僕は足を止める。
「煙。体に悪いでしょ」
「煙…?….…あ」
清潔感を形に現したかのような白い空間の中、真依子は僕の言葉に自動ドアの向こうを見遣って複雑そうな顔をした。
過保護なほどに真依子の全てに気を遣ってしまう僕は、きっとどこかで父親になるという自覚を芽生えさせているのかもしれない。