愛罪
処方箋を持った人や、見舞いに訪れたのか花束や紙袋を持った人が行き交う受付付近。
通り過ぎる人たちは、向き合う僕らを怪訝そうに見ながら歩いて行く。
「…気をつけるわ。行きましょう」
その視線に彼女も居心地の悪さを覚えたのか、小声でそう告げて僕の手を手首から離させて歩き出す。
離れていく背中にここへ訪れた状況を思い出した僕は、小走りに真依子を追って歩幅を合わせた。
「…あなたは何か勘違いしてたみたいだけれど、父が入院してるの」
目的は何なのかと訊ねようとした瞬間、僕の心情を読み取ったかのように真依子が言った。
頭の片隅にもなかった事実を目の当たりにして、僕は言葉を失う。
互いに無言のまましばらく歩き、エレベーターで二階に上がり着いたのは閑寂とした一般病棟。
どうして真依子の父親が入院しているのか、どうしてこのタイミングで僕に会わせるのか、浮かびあがる疑問に困惑しながら彼女の隣を歩く。
いくつかの個室の前を通り過ぎ、突き当たりから二番目の個室で彼女の足が止まった。
「…あたしが全て話すから、そらは黙って聞いていて。妊娠のことも、話すから」
真依子は妙に威圧的な口振りで淡々と告げると、「待ってて」との一言を置いてスライドドアの奥へと消えた。