愛罪
「失礼します」
ちらりと真依子を一瞥した彼の視線がこちらへ戻り、僕は軽く会釈をして病室に足を踏み入れた。
ドアを閉めた真依子に促され、ベッドサイドの二つ並んだ丸椅子の一つを勧められる。
彼女は、父親に近い方に座った。
「彼が、会わせたい人」
色とりどりの花が生けられたクリスタルの花瓶が窓際に飾られただけの殺風景な病室に、真依子の美声が響く。
恐らく彼女は、会わせたい人がいるという曖昧なセリフしか吐いていなかったらしい。
「…何か理由があるのか?」
しばらく黙りこんでいた彼は、想像通りの低くスローペースな口調で真依子に問う。
すると彼女は、僕を見てあろうことか躊躇わずにこう言った。
「自己紹介、してくれる?」
まさか初めから会話に参加させられるとは思わずに油断していた僕は、眉根を深く寄せて彼女を見つめ返す。
けれど、父親の目もあって無視は出来ず、僕は眉根を消して彼と視線をかち合わせた。
「…安藤…そらという者です」
僕が『安藤』と発した時点で瞳を軽く見開いた彼は、僕が唇を閉じたと同時に口を開いた。
「…安、藤…」
「…安藤夏海の、息子です」
驚愕と不安を混ぜたような複雑な表情で訊ねた彼に、僕は小さく頷いて答えた。
とたん、彼の瞳が真依子へ移る。