愛罪
「明日、またくるわ」
彼女は感情のない声でそう零すと、僕にも立ちあがるよう目で訴えて一足先に病室を出る。
真依子の言葉に何の反応も示さなかった彼を気にかけつつ静かに腰をあげれば、彼は僕にしか聞こえない声でゆっくりと呟いた。
「そらくん…真依子を、よろしく」
その言葉に込められた意味を考えながら、僕は彼に頭を下げて真依子の待つ病室の外へと出た。
すると、そこで見つけた彼女の姿に、僕は目も心も、ありとあらゆる感情を奪われた。
彼女は廊下の壁に背中を預けてしゃがみ込み、両手で顔を覆って泣いていた。
声を殺し、誰にも気づかれないように、肩だけを震わせてーー泣いていた。
「……真依…子…」
終始、氷のように父親に冷たかった彼女。
その全てが偽りだったんだと悟り、僕は彼女の前にしゃがみ込んでそのラベンダー色が飾る細い指の隙間から流れる涙に触れた。
何が彼女をそうさせたのかはまだわからないけれど、堪え切れずに涙するくらい強がっていたらしい真依子を、心の底から愛おしく思った。
自分を犠牲にしてまで肉親を想うだなんて、とてもじゃないけれど安易に出来ることではない。
運良く誰も通らなかった廊下でしばらく涙を流した真依子は、少し落ち着いたのか人差し指と中指を開いて濡れた瞳に僕を映した。