愛罪
彼女が怒りを顕にする理由、それは今までの経験上でも答えはわからない。
何度も彼女とは言葉を交わし、感情を時に共有してきたけれど、僕はあの電話のように声を荒らげた真依子を見たことがなかった。
そんな僕の思案を知ってか知らずか、真依子は言う。
「…夏海さんを知らないかって、運悪くあのタイミングで電話があったのよ。あの日の前日に会っていたから、仕事で連絡が取れなかった夏海さんのことを外出したあたしが何か知っているんじゃないかって思ったみたい。今思えば、鋭かったわね」
そう呟いて、彼女は自嘲気味に笑う。
あのとき、あの瞬間から、全てが始まっていたのだと思うと、背筋が凍るほど不気味だった。
全て、本当に全て、真依子に操られていた気さえする。
どうしてこうなってしまったんだろうなんて稀に見る愚問で、今更何も変わらないこの現状に目眩がした。
「……もう、終わりにしよう…真依子」
気づけば僕は、鼻を啜りながら俯く彼女をそっと抱きしめていた。
自分でも、この言動の意味はわからない。
ただ、もうーー。
僕も真依子も、瑠海も祖母も、葉月さんも後藤さんも真依子の父親も、そして、母親も。
誰も何も考える必要はないと思った。
無駄に憎み合った僕たちが愚かだったのだ、きっと。
母親のためだけに必死に生きたこの約二ヶ月は、本当に僕にとっていい経験だったし、これほどまでに感情に素直に生きたことは今までなかった。