愛罪



 母親がどうして死を選んでしまったのか、僕はただ、その事実が知りたかっただけのはずだった。

 けれどそこに真依子が何の違和感もなく入って来たのは必然で、彼女の復讐心によって事態が複雑に絡み合ったのだ。



 お互い、大切な人への単なる愛情だけでここまで来た。

 僕は母親を、真依子は兄を愛しすぎたが故の重く苦しい日々だった。



 その結末がどうであれ、僕は知りたかった母親の想いと対面し、本来ならばそこで全てが終わっているはずだった。

 彼女の妊娠や、彼女の本当の想いがなければーー。



 憎くても手放せない何かが僕の中には確かにあって、又、彼女の中でも感情に変化があった。

 その全てが絶妙なバランスで存在し続け、真実を知ってからも僕らは離れることが出来なかった。



「……本当に、終わりに出来る…?あたしは、あなたの中で、出会った瞬間のただの二条真依子に戻れる…?」



 僕の肩に寄りかかるよう顔を埋(うず)めて、涙声で彼女は言う。



 きっと、本当に全てを水に流せるのかと訊ねたいのだろう。

 けれど僕の中では、出会った日のフーガを愛する彼女も、復讐心に操られてたくさん僕を悩ませた彼女もーー。



「…真依子は、真依子だよ」



 僕にはどの彼女も、ただの二条真依子だった。



「終わりに出来るかは時間次第だけど、疲れたでしょ。…僕はもう、疲れたよ」



 迷子の子供がふたり、座り込んで抱きしめ合うみたいにくっついた僕たちは、溜め息の代わりにただ無言で互いの体温に身を委ねた。



 僕の言葉に何も返さない彼女は、恐らく同じ気持ちなのだろう。

 誰だってこんな苦しい毎日に、疲労を感じないわけがない。



 彼女の髪から香るシャンプーの甘い匂いに心が少しずつ静まっていくのを感じながら、僕たちは何も言葉を交わさずにただただ同じ感情を共有した。



< 266 / 305 >

この作品をシェア

pagetop