愛罪
病院に到着し、雄司さんの病室の前に来ると真依子はふと足を止めて僕へ振り返る。
「…昨日言えなかったから、今日は言うわ」
小さく微笑み、彼女は自身のお腹を見おろした。
クリーム色のシフォンワンピースに隠れたお腹を見た僕は、真依子へと視線をあげてこくりと頷く。
どう報告するのか、あんな出会い方をした僕との子どもをどう話すのか、そこは全て彼女に任せよう。
決して丸投げしたいわけではない。
僕にも責任はあるし、きちんと対応していくつもりだけれど、真依子が僕に一緒に報告しようと言わないのだから、彼女なりの言葉があるんじゃないかと思う。
「大丈夫よ。父ならきっとわかってくれるわ」
そっと僕の腕に触れた真依子の言葉。
僕の僅かな感情の機微に気がついたらしい彼女の気遣いを素直に受け取り、薄く笑って頷く。
「…殴られる覚悟は、出来てるから」
「…殴ったりなんかしないわ。いつも本に触れてるような人よ」
小馬鹿にするようにちらりと白い歯を覗かせて笑った真依子は、僕にアイコンタクトを取ってからスライドドアをノックした。
そのあと返事を待たずにドアを開けた彼女に続き、僕も病室へお邪魔する。
「…あら?いないわね」
しかし室内の人気のなさに気づいたのは僕も真依子と同時で、少しシーツが乱れたリクライニングベッドに雄司さんの姿はなかった。
前にいる真依子が振り返り、僕たちは視線を合わせて首を傾げる。