愛罪
どうかいないでくれ、と。
手遅れでいないのは困るけれど、どうかいたとしてもただの散歩であってくれ、と。
止めていた足を踏み出して小走りで扉へ近寄ると、銀のドアノブに手を掛けて鈍い音を立てながら扉を押し開けた。
「………?」
静かな風が全身を撫で、開放感のある屋上で見つけた後ろ姿に僕は一瞬フリーズした。
黒のパジャマを着た長身の後ろ姿は紛れもない、雄司さんのもので。
けれど、彼はコンクリートの地面を囲むよう設置されたモスグリーンのフェンスのーー向こう側にいた。
そよ風にその柔らかそうな髪を揺らし、後ろ手にフェンスを握って天を仰ぐ彼。
呼び掛けようにも喉はきつく閉じていて声も出せず、ようやく動いた体のお陰でドアノブから手が離れ、その重たい閉鎖音に雄司さんがこちらへ振り返った。
「……君は…」
声は出なくても救わなければという危機感から足は彼の元へ向かい、掠れた声で僕を認識した雄司さんから目を離さずにその背中の後ろで歩行を止めた。
けれど、相変わらず言葉は出ない。
こういうとき何と声を掛ければいいのか、正直わからなかった。
「…見つかってしまったな…」
ふっと自嘲じみた笑みを零す雄司さん。
やっぱり命を断つつもりだったのかと、僕は悟った。