愛罪
築十年の六階建マンションでの生活は、怖くなるほど充実している。
妊娠七ヶ月までネイリストとして働いていた真依子の今までの貯金と、母親の遺産、そして雄司さんからの援助でマンションを借りて生活道具を揃えた二年前。
職に就いていなかった僕は、真依子の勧めで雄司さんが館長をしている図書館で働きはじめた。
三日に一度、風雅と瑠海へ絵本を借りて帰るのが日課で、仕事にもそれなりにやり甲斐を感じている。
今まではただ何となくお金を稼いでいる感覚しかなかったけれど、家族のために働くということの素晴らしさを家族を持って初めて知った。
「…ぶぅー」
エレベーターの中で、ふと風雅が僕にそう訴える。
彼がいつも伝えてくれる言葉ゆえにスーツの上着の懐に手を入れると携帯が着信を知らせていた。
そのとき丁度エレベーターがうちのある六階で止まり、雄司さんと瑠海を先頭にエレベーターホールへ出る。
「真依子、先戻ってて」
「ん?ええ、わかったわ」
隣にいた彼女に風雅を抱かせてから着信画面を見せると、真依子は小さく頷いて雄司さんと瑠海が先に行く廊下を歩いて行った。
その背中を見届け、僕は着信を取る。
「もしもし」
「もしもし、葉月です」
受話器の向こうから聞こえた懐かしい声は、母親の友人である葉月さんだ。
約一週間振りの連絡に喜びを感じていると、仕事の帰り道にマンションの下をわざと通ってくれて、家にいるなら渡したいものがあるとの用件だった。