愛罪
祖母の家の懐かしい匂い。
畳と線香の香りを吸いこみながら、半年ぶりの妹との再会を心待ちにする。
瑠海が戻る前にと、僕は畳から腰をあげて居間と隣接した薄暗い和室へ入った。
深い緑色の座布団に正座し、頑固者だった祖父の凛々しい遺影に合掌する。
ここへ訪れたとき、必ず彼に伝える言葉がある。
ピアノを教えてくれてありがとう。
しつこい奴だなと拳骨でも落とされそうだけれど、こればかりは譲れない。
本当に祖父には、感謝している。
「お兄!!」
そのときだった。
跳ねるような声が僕を呼び、どたどたと走ってきた小さな体が正座する僕の背中へ飛びついたのは。
首に回る細い両腕を取ると、僕は首だけで彼女へ振り返った。
「瑠海、久しぶり」
「うん!ママは?」
祖母に結んで貰ったであろうポニーテールを揺らす瑠海の満面の笑みに、瑠海の肩ごしに見えた祖母が寂しそうな顔をする。
僕は祖母に、まだ瑠海に母親の死を伝えないで欲しいとお願いしていた。
取り乱す彼女を、もう見たくない。
母親の自殺の原因を説明してあげられるようになるまでは、言わないでおこうと決めたのだ。