愛罪



 紙袋を腕に掛けた手で風雅を抱いたまま体の半分を外に出し、覗き穴の下に取り付けたフックに掛かるウッドネームプレートを触った。

 ピンク色の紐に繋がれたそれは、引越して来て半年後、僕が一生に一度しか言わない覚悟で想いを伝えた日の夜、真依子が材料を揃えて作ったもの。



「お兄!」

「はいはい、今行くから」



 リビングの戸口から瑠海の声がして、僕はズレたプレートを整えながら返事をした。



(……ん、完璧…)



 元に戻したプレートを確認して、僕は祖母が作るものと同じビーフシチューの香りに誘われるよう、革靴を脱いで家にあがった。



 がちゃりと静かに閉まるドア。

 賑やかな食卓を囲む、幸せな家族の風景。



 僕の見ていた幸せな未来は、確実に僕の目の前にあった。



 確かに普通の家族の姿とは少し違うかもしれない、でも、どの家族よりも強く太い絆で結ばれていると思う。



 思い出しきれないほど、それぞれにたくさんの苦悩があった。

 人生に絶望した者、自分を偽り続けた者、愛しい人との叶わぬ再会を願う者、死を選ぼうとした者、新しく生を受けた者。

 誰ひとり欠けることなく、ここまで歩いて来た。



「風?人参も食べて、ほら」

「いいじゃないか。人参が食べられないくらい」

「好き嫌いしたら保育園で大変でしょ!やめてよ、甘やかすようなこと言うの」

「風雅、瑠海も食べるから食べよー?」



 風雅を囲むように咲く、それぞれの笑顔の花。

 僕の求めた平凡な幸せは、今日も僕の生きる糧となるー…。



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