愛罪
それでもやっぱり僕は、僕だけは納得出来なかった。
父親を心から愛していた母親。
父親の分まで強く生きようと決意した母親。
彼女が自分で自分の息の根をとめてしまうほどの原因など、あるはずがない。
ひとつため息を吐いて頭を抱えようとしたとき。
デスクの下の収納スペースに並ぶ何冊ものファイルのひとつから、少し顔を出す何かを見つけた。
思わず目を凝らしながらベッドを降り、キャスターつきのイスを出して収納スペースから一番端のブルーのファイルを抜きだす。
(……病院の資料かな…?)
表紙の【あやめ大学総合病院】という活字を見て仕事の資料かと首を傾げた僕は、飛びだすメモのようなものを求め、そのページを開いた。
すると思ったより大きなその紙が視界に広がり、僕はフリーズする。
挟まれていたのは、両者とも無記名の真新しい婚姻届だった。
眉間の皺は自然と濃くなり、正常に活動しはじめる僕の思考が疑問や謎で埋めつくされる。
(…どうしてこんなものがあるんだ)
父親とは離婚などしていないはずだ。僕の知る限り、きっと。
ならばなぜ、母親の部屋にこんなものがあるのか。
証拠品として扱われなかったのか何なのか、ここにあった婚姻届を手に、僕は静かに電気を消して母親の自室をあとにした。