愛罪
「瑠海も、お兄だいすきだよ!」
脱衣所の扉を閉めると、瑠海の弾んだ声が聞こえた。
ふとそちらへ顔を遣れば、クリームパンを食べ終えて、ベッドに腰掛ける真依子と楽しそうに喋る瑠海の姿がある。
美しく微笑む真依子を凝視しながらそばまで行くと、僕が瑠海の言葉を聞いていただろうと仮定した彼女が口を開いた。
「あたしにも兄がいて、だいすきなのよって話したらああ言ったわ。愛されてるのね、お兄」
「…からかってるでしょ」
「そんなことないわよ?ね、瑠海ちゃん」
少し目を細めて言うと、真依子は小さく首を傾げて瑠海の白い頬を撫でた。
僕は無言で瑠海の頭に手を置くと、言う。
「瑠海。僕、真依子と話があるからピアノ、しておいで」
「あら、可哀想に」
瑠海は真依子の呟きなど聞こえなかったようで、純心無垢に頷いてピアノへ走り寄って行く。
彼女にしては凄く重いであろう蓋を懸命に開き、赤い布を外して小さな手で鍵盤を押しはじめた姿を確認し、真依子へ視線を落とした。
「…話してないのね、お母様が亡くなったこと」
真依子は、横目に瑠海を見遣りながら些か声のトーンを下げてそっと呟いた。