愛罪
その神妙な面持ちは、何を物語っているのだろう。
彼女の全てを疑ってしまう今の僕には、何が本当で何が偽りかなんて判断は下せなかった。
「あたしが殺したのよ」
何を紡ぐのかと思えば、サーモンピンクをした形の良い唇は僕の瞳にスローモーションで映った。
言葉の意味を理解して眉根を薄く浮かびあがらせた僕を見て、真依子は薄笑う。
「…って言えばあなたは楽になれるんでしょう」
「その冗談、笑えない」
僕の氷のように冷たい表情を見て、真依子は口許だけで笑んでゆるく頷く。
「そうよね、悪かったわ。ただ、あたしは何も知らない。これは冗談なんかじゃないわ、事実よ」
「…なら、どうして黙って出てったの。真依子が出ていくとき、母親は顔を出した?」
「…いいえ、出してないわ。黙って出ていったのは、ほんの気まぐれよ。そらが気持ちよさそうに寝ていたから、起こさない方がいいかと思って」
瑠海の小さな指が紡ぐ、短音たち。
それらが響いては消えていく中、真依子の態度に僕が探りを入れるような会話は、彼女の動作によりぴたりと途切れた。
真依子はバッグから出した携帯の着信を確認すふと、「ごめんなさい、急用よ」と言い残して瑠海に別れも告げず僕の家をあとにした。