愛罪
僕は悲哀に満ちた後藤さんの瞳を見つめながら、パーカのポケットから折り畳んだ婚姻届を出した。
僕の手許に落ちた視線、開かれたそれを見て彼の柳眉がきゅっと寄せられる。
「母親が隠すように保管していました。これ、見つけた上で放置してたんですか」
ひらりとテーブルに落ちた婚姻届。
もしも警察が“これは原因ではないだろう”と憶測で捜査の手を抜いていたのなら、――許せない。
そうであったとしても、きっとそうだとは言わないだろうけれど。
後藤さんは無記入の殺風景な婚姻届を見たあと、ふと僕に視線をあげた。
先ほどまで弱っていたその瞳のあまりの眼力に、心臓に淡い不信感が広がる。
「…元の場所へ戻したのは私です。葉月優子さんを含め、職場の方、ご友人に至るまで調査しましたがお母様にそのような男性はいなかった、との判断に至りました。息子であるあなたへの聴取は、葉月さんが頭を下げて“今はそっとしておいてあげて欲しい”との悲願から私が後日伺う予定でした」
後藤さんの芯のある声で並べられた言葉に、僕は言葉を失った。
知らないところで、葉月さんが僕を擁護してくれていただなんて。
正直、大げさではなく衝撃を受けた。
彼女は僕が思うより僕を想ってくれていたらしい。家政婦の身でありながら、家事だけでなく僕ら親子のことも影で支えてくれていたのかもしれない。
ああ、本当に僕は恩知らずな人間だ。