愛罪
そう思っていても決して表情には出さない僕の様子をしばらく観察し、後藤さんはさもあたり前のように口を開いた。
「私個人で良ければ、ご協力致します」
静寂とした個室に落とされた言葉に、婚姻届に置いていた視線が持ちあがる。
自然と搗ちあった視線は驚くほどに神妙で、僕にはわからない決意のようなものが含まれているような気がした。
「…じゃあ、ひとつ、いいですか」
喜怒哀楽どの感情も含まぬ僕の問いに、後藤さんは静かに頷く。
人の命を預かる仕事に就いていた母親。
彼女が、人の死を何百回と見てきた彼女が、自ら命を絶つなどやはり僕には理解出来ない。
たったひとつでいい。
納得のいく理由を僕に頂戴。
何を突きつけられても母親の死に納得など出来ないかもしれないけれど、意味のない自殺などきっと存在しない。
ひとつでも理由に繋がりそうな何かが暴ければ、僕は瑠海と祖母とこれからの長い人生を平凡に生きていける気がする。
「携帯、はじめからデータは全て消されてたんですか」
何故これについて捜査が進まなかったのかと疑いたくなるほど、奇怪だった。
故意か、他意か。
他意だとすれば、一体誰の仕業なのか。