愛罪
無機質な瞳でじっと後藤さんを見つめる僕に、彼は何度か浅く頷いて席を立った。
資料を取りにいく、と。
一人にされた個室で、僕は思う。
死んだ者より、残された者の方が辛い。
こんな類(たぐい)の言葉をよく耳にするけれど、そんなはずがない。
死んだ者には何もなくなるのだ。
命はもちろん、感情、声、表現力。
それら全てを一度に奪われた者の方が、辛いに決まっている。
残された者には、乗りこえられる時間や環境、術がある。
しかし死んだ者はどう足掻こうとも、零(ぜろ)だ。
今、母親は何を思っているだろう。
理由など追求せず、そっとしておいてくれと願っているだろうか。
未だにこの世を彷徨い、理由となった何かを怨んだり悔やんだりして、どこかで生き長らえているだろうか。
それすら僕に伝えられない母親の方が、残された僕より辛く苦しいに決まっている。
「お待たせ致しました」
足許に視線を落としていた僕は、戻ってきた後藤さんの声でふと視線をあげた。
ソファに座り、グレイのファイルをテーブルに置いた彼は表紙を捲って少ない資料に目を通していく。
きっと、煮え切らない答えが返ってくるのだろう。