愛罪
「母親が死ぬ前日、偶然出会った女性を家に招いてて」
「何時頃か覚えていますか?」
後藤さんはスーツの胸ポケットから抜いたボールペンで、資料の裏に僕の証言を記していく。
二条真依子。
年齢不詳。
栗色のロングヘアに華奢な身体。大きな猫目が特徴的で、上品な口調や仕草が印象的。
僕に声をかけずに自宅をあとにして、あの家で自殺があったらしいと噂で耳にしただろう、通夜に訪れた。
知らないわ、何も――と。
そこで瑠海の身を案じる言葉を残し、会場をあとにした。
後日、再び会った際も彼女は『何も知らないし母親にも会っていない』と口にしていた。
僕が知る真依子の全てを話すと、後藤さんは難しい顔をして徐にボールペンを胸ポケットへ入れた。
「彼女を重要参考人としてお調べ致します。ただ、参考人に逃げられたりしては困りますので、そらくんも行動は慎重にお願いしますね」
「…はい」
さすがに一般人の僕に真依子の素性を調べることは出来ず、素直に後藤さんに従い首を縦に振った。
それから瑠海と合流し、彼と永瀬さんに頭を下げて僕は母親の残した謎の婚姻届をポケットに警察署をあとにした。