愛罪
疑いの目を向け、何かを隠した心を憎み、彼女に対して憎悪に満ちた感情を持っているはずなのに。
僕の指先は、奏でる。
リクエストされた、フーガを。
この世で最も憎い人間に、この世で最も愛でる曲を与える。
美しいのだ。
フーガを心の底から愛し、幼少期を想起しながらベージュで彩られた目蓋を閉じる彼女は。
僕のこの冷たい瞳に映っても尚、その美しさは穢れることを知らない。
何が彼女の口を封じさせているのだろう。
その目で見た、もしくはその耳で聞いた、母親の最期の想いを代弁してくれれば、僕は彼女を恨まず生きていたのに。
フーガを奏でた約二分間。
僕の脳は真依子のことで埋めつくされていた。
「…やっぱり素敵。本当、ショパンは偉大ね」
ふわり、空気に溶けるようピアノの音色が消えると真依子はうっとりとした様子で目蓋をあけて微笑んだ。
こちらを見る彼女の瞳に、僕が映る。
相も変わらず愛想のない僕は微笑を返すことなどせず、指先を適当に純白の鍵盤に滑らせた。
「警察、来たでしょ」
別に気を遣うつもりも、回りくどく話題を振るつもりもなかった。
必要ないのだ。真依子に、そんな回りくどい術は。