愛罪
即興で作りあげた名もなき曲を奏でる僕に、真依子は形の良い唇で弧を描きながら頷く。
「凄く疑われているみたいね、あたし。あの刑事さん、感情が顔に出っぱなし」
彼女は、ふっと鼻で笑う。
確かに後藤さんは表情も感情も豊かで、数多の表現力を持っているんだと思う。
哀しみを表すことも、喜びや疑い、怒りを表すことも彼にとってはごく自然なことなのだろう。
さすがに、勘の鋭そうな真依子には後藤さんの心は安易に見抜けたらしい。
反応に困ったわけでないけれど黙っていれば、一番端であまり触られずに佇む鍵盤をひとつ鳴らす真依子。
「そら?」
「…何」
「あなたも、あたしを疑ってるの?」
どうして――。
どうして、そんな哀しみに滲んだ瞳を僕に向けるの。
愁眉を寄せて、じっと僕を見つめる彼女。
違う、こんなの可笑しい。
僕がその瞳で真依子を見つめる側だ。何を知っているのだ、と。僕が彼女を射竦める側だ。
とめどなく注がれる暗然たる眼差し。
疑っている。もちろん疑っている。
けれど、今それを伝えてしまえば彼女は二度と僕と会ってくれなくなるかもしれない。
疑っている僕としては、それだけは困る。