愛罪
僕という邪魔者がいないあっちの世界で、また巡り会えていれば僕はそれでいい。
恐ろしいほど方向音痴な母親だけれど、きっと父親が彼女を見つけていることだろう。
どんな人混みでも、後頭部で母親を探していた人だ。きっと、一緒にいるはず。きっと。
僅か一年ばかりでつまらないと高校を中退して、しばらくしていた鳶職も辞め、ふらふらと生きていた僕。
それでも彼らは、僕を咎めたりはしなかった。
本当は凄く悩ませたり心配をかけたりしたのだろうけれど、最期の最後まで、可愛げのない僕を一番近くで見守ってくれていた。
(…またくるから。夫婦水入らず、仲良く待っててよ)
定期的に祖母が墓石を洗いに来てくれているため、その綺麗な姿を目に焼きつける。
祖父には出来る合掌も、父親だと何だか照れくさくて出来やしない。
しばらく無言で見つめ合たあと、僕は静かに踵を返した。
父親の死を、瑠海は知っている。
よく祖母と共に父親に会いに来ていたみたいだ。
昨日まで生きていた人間が突然息をしなくなり、その肉体さえなくなってしまう“死”を、瑠海が受けいれたのはどんなタイミングだったのか。
きっと、祖母がたくさんの言葉で彼女に理解させたのだろうけれど、果たして本当に“死”の怖さを熟知しただろうか。
何より恋う母親と、もうどう願ってても写真や記憶でしか会えないことを、何という言葉で伝えれば納得してくれるだろうか。