愛罪
勝手なことしないでよ。
「…そう。わかったよ、ありがと」
とは、もちろん言えるはずがなかった。
祖母は何も知らないのだ。
真依子はただの僕の友人のひとりだと思っている。
その上、瑠海が『真依ちゃん』なんて呼んで親しくしていたら信頼するのも当然の理だ。
僕は、心配をかけまいと祖母に小さく笑いかけてから焦らず家をあとにして、タクシーを拾うため住宅街から歩道へと走った。
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恐らく、初めての経験だった。
こんなに息をあげて、自宅の玄関の鍵をあける手が覚束ないほど焦心したのは。
自分でも、笑える。
たかがひとりの女性に、ここまで振り回されている単純かつ繊細な己が無様で。
途絶えることを知らぬ焦燥感を持ちながら、縋るようドアを開けた途端――。
「違うよう真依ちゃん!」
「あら、違うの?わからないわ。難しいのね」
その隙間から洩れる楽しそうな声。
瑠海と、そしてもうひとり、この気品溢れる美声は間違いなく真依子のものだ。