M i s t y
ある人物を探るため、喫茶店のウェートレスとして働き始めて一ヶ月、
毎朝決まって同じ時間に来る男と最近親しく口をきくようになっていた。
ひとりカウンターに座り、新聞をめくりながらコーヒーを飲み、
30分ほどを店で過ごす。
マスターの淹れるコーヒーとアンタと話をするのが楽しみなんだと、
人懐っこい目をして今朝も私に話しかけた顔は、全く別の顔をしていた。
脇に突きつけられたのは拳銃だろう、銃口がグイと押し付けられ
男の殺気が伝わってくる。
室長代理の言った政府高官宅の爆破に、この男が関与しているのだろうか。
直感ともいえる勘が、私の中でそうだと言っていた。
指示された道を行くが進むほどに渋滞になり、ノロノロと車が進まない。
渋滞の先に、誘導する警官の姿が見えた。
「検問をやってるみたい……」
「なに? 気づかれずに通れ」
「無理よ」
「無理でもやるんだ」
銃口が一段と脇腹に食い込んだ。
ところが、ほどなく呻き声とともに脇の圧力が抜け、振り向くと男が
座席で足を押えてうずくまっていた。
足首は血が滲み、床にも血が流れていた。
警官が近づいてきたため、とっさに上着を脱ぎ男の足を隠した。
もしかしてこの男の関わった事件の検問かと思ったが、シートベルトの
取締りで、夫が腹痛で病院に行くので急ぐのだと告げると、
気の良い警官はすぐに通してくれた。
「アンタ 肝っ玉が据わってるな」
「そんなんじゃないわ 自分の命が掛かってるの あたりまえでしょう
この近くで事件があったみたい 政府高官宅が爆破されたそうね
アナタがやったの?」
ふっと笑う声がしたが、痛みがひどいのかすぐに苦しそうな声に変わった。
「おい どこに行く 俺の指示に従え!」
「そんな傷じゃ逃げるのも無理でしょう」
「お前 自分の立場がわかってるのか?」
「わかってるわ だから言うことを聞いて」
用心のためあらゆる方角に車を走らせたのち、マンションの地下駐車場に
車を滑り込ませた。
入り口の階段を慎重に上がり、人の気配を気にしながらエレベーターへ
乗り込んだ。
幸い住人に会うことも無く部屋へとたどり着いたが、男の息はかなり
上がっていた。
足首をきつく縛ったためか足先は紫になり、感覚が麻痺しているようだ。
ソファに座らせると、男は大きくため息を吐いた。
「なぜ助けた」
「怪我をしてるからよ それに知らない仲じゃない」
「確かに知らない仲じゃない だが 今の俺は朝の俺とは違う
アンタ怖くないのか」
「怖いわ でもほっておけない……足を見せて」
「触るな!」
「触らなきゃ傷の手当もできないのよ!
私がアナタを傷つけるとでも思ってるの?
私が信用できないのなら 身体検査でも何でもしてよ!」
私は服を脱ぎ始めた。
とにかく相手を安心させ信用させることだ。
いままでこんなことは何度もあった。
女は隠すところがあるからと言われ、全裸にされ屈辱的な目に遭った
ことだってある。
「もういい わかった わかったから……」
男のそばにひざまずき傷の手当をする。
あらゆる怪我に対する応急処置は身につけていた。
だが、自分自身のために習得したものを他人に施したのは初めてだった。