Sales Contract
仕事を終えて夕方18時。
職場の最寄りの喫茶店でコーヒーをすすりながら、渡辺くんの到着を待った。
ありがたいことに他にもお客さんは何人かいて、会話の声とBGMのおかげで多少センシティブな話をしても許されそうな雰囲気だ。
ドアが開き、店員のいらっしゃいませの声が聞こえて、入り口の方に視線をやると渡辺くんがこちらの視線に気づき席の方に近づいてきた。
「お待たせしました。
今日はお一人なんですね」
ショートのPコートを脱ぎながら、彼が目の前のソファに腰掛けた。
「うん、渡辺くんにも色々お世話になったからコーヒーくらいご馳走しなきゃと思って。
好きなもの頼んで」
「いいんですか?ありがとうございます」
メニューを見ずに、ブレンドコーヒーを店員にオーダーすると、先に彼の方から会話を始めた。
「秋本から聞きました。おめでとうございます」
何も知らなければ素直に喜んだであろう彼の言葉も、今は心からありがとうと返すことができなかった。
「うん。渡辺くんにも色々手助けしてもらったおかげだよ。ありがとう
それで…」
なかなか言葉を発することができないあたしを見て、渡辺くんが思わず吹き出した。
「何かおかしかった?」
こっちは真剣なのに、笑うことないじゃないか。
「いや、たぶん村上さんに色々聞いたんだろうなって。
千絵さん分かりやすすぎます。
俺のことは全然気を遣わなくて大丈夫ですよ」
「そんなに笑わなくても…」
せっかく気を張り詰めていたのに、彼のリアクションに気が抜けてしまった。
清々しく笑い声をあげる彼の元へ店員がやってきて、コーヒーを目の前に置いた。
店員が去った後、一口それを含み再び渡辺くんが口を開いた。
「もともと知り合った時から秋本の目には千絵さんしか見えてないのはわかってたんで全然気にしないでください。
というか、昔から好きな人と付き合ったりできないのは慣れっこなので。
それにもともと進展を望んで秋本と仲良くしてる訳じゃないので。
ただ、千絵さんが真剣に秋本と向き合ってくれてることが嬉しいです。
幸せになってください」
達観した視線でこちらをまっすぐ見ながらそう言う渡辺くんを見て、この子も相当大人だなと思った。