優しい男
「ぁーーーー、ザブイイイ」
レジに預けていたコートを受け取って、店の外に出るとあまりに寒波につま先からてっぺんまでぶるりと震えた。
まだ21時。駅前ということもあって、人通りは少なくない。
そそくさとコートを着込んで、冷めた指先に息を吐き出した。
「なーーーに、やってたんだか」
それは、こんな飲み会に対してでもなく、恋に生きている同期に対してでもなく、紛れもなく、自分に対しての愚痴だった。
付き合って、三年になる恋人がいる。
合コンで出会って、大学四年の初めに付き合った。大学は違くても、就職した業界も一緒で、社会人になってからも励ましあいながら頑張っていた。
彼は、出世コースらしく、出張の多い部署になったとかで、会えても月に一回ぐらいが限度だった。
私も、女性ながらも営業職でやりがいを見出し、会えない寂しさを忘れるほどに仕事にのめりこんでいた。
「…もう、二か月会ってない」
年末、年始だというのに、連絡しても、忙しいって返事。
世間が休みの時期は、確かにこの業界は稼ぎ時だ。そんなこと、わかっている。
「…ふふ」
地面を見つめながら、思わず笑いが混みだしてきた。
そんなわけないのに。
本当はね、本当は、わかっている。
わたしたちの関係が、とっくに終わっているということを。
でも、中途半端に大人になっていて、終わりを「終わり」と綺麗に宣言出来なくて。
「泣いてるの?」
「…ひあ!」
「あ、泣いてない」
突然前に現れたのは、見知った顔。
「…あ、相原くん?」
「泣いているのかと思った」
首を傾げると、わたしの頬を指先で触れた。
「…わっ、ひゃっ!ちょっと!」
「急にいなくなるから」
「…じゃなくて、手っ!手!」
「心配したんだって」
慌てて相原くんの手を掴んではなすも、飄々としている彼は何事もなかったかのようにわたしの目を見続ける。
その瞳の深さに、思わず顔を背けた。
「佐々木ってさ、彼氏いたよね?なんで年始だっていうのに、飲み会にいるの?」
この人、千里眼でも持っているのだろうか。なんてタイムリーな話題。
「…いいのよ、もう別れること、決定してるから暇だったの」
いざ時間があまると、答えのわかっている良くない結末ばっかり考えてしまっていて。
「ふーん」
聞いておいて、わたしの答えにはさして興味がなかったのか、適当な相槌だ。
「…そ、それにしても、飲み会は?」
気を取り直して、わたしは精いっぱい取り繕い笑った。
「佐々木は?」
「…わたしが先に、聞いたんだけど」
「佐々木と一緒だよ」
は?と言葉にならないが顔に出ていたのか、彼は口端だけで笑った。
「トイレ」
「…ええええええ!」
同じ手ででてきたっていうのか?!
て、ことは…
血の気が引く。
どうしよう!年始早々、同期に目の敵にされる!
「も、戻って!はやく戻れ!」
「やーだ」
マイペースなもの言い。この人、こんな性格だったっけ?!
「まじで、困るの!さっき隣にいた同期、貴方狙いなんだって!」
「おれは、佐々木狙いだから」
「あーー、そーーー、わかったから、早くもど…」
にんまり、身長はわたしより10センチ以上高いというのに、高校生と言われてもおかしくないほど童顔は、ニヒルに笑っていた。
「…なんじゃそりゃあああ!!!」
「探偵物語? 撃ってないよ、おれ」
「違うっつの! てか、わたし、彼氏いるし!」
「でも、もう別れるんでしょ?」
「はう!」
たしかに、それは先ほどしたばかりのすごく鮮度のいい話題だけれど。
あわてふためくわたしを、彼の手が押えた。
そして、
「いいじゃん、おれ、優しいよ?」
まるで、業火のような炎を宿した瞳が、
心臓を、撃ち抜いた。
レジに預けていたコートを受け取って、店の外に出るとあまりに寒波につま先からてっぺんまでぶるりと震えた。
まだ21時。駅前ということもあって、人通りは少なくない。
そそくさとコートを着込んで、冷めた指先に息を吐き出した。
「なーーーに、やってたんだか」
それは、こんな飲み会に対してでもなく、恋に生きている同期に対してでもなく、紛れもなく、自分に対しての愚痴だった。
付き合って、三年になる恋人がいる。
合コンで出会って、大学四年の初めに付き合った。大学は違くても、就職した業界も一緒で、社会人になってからも励ましあいながら頑張っていた。
彼は、出世コースらしく、出張の多い部署になったとかで、会えても月に一回ぐらいが限度だった。
私も、女性ながらも営業職でやりがいを見出し、会えない寂しさを忘れるほどに仕事にのめりこんでいた。
「…もう、二か月会ってない」
年末、年始だというのに、連絡しても、忙しいって返事。
世間が休みの時期は、確かにこの業界は稼ぎ時だ。そんなこと、わかっている。
「…ふふ」
地面を見つめながら、思わず笑いが混みだしてきた。
そんなわけないのに。
本当はね、本当は、わかっている。
わたしたちの関係が、とっくに終わっているということを。
でも、中途半端に大人になっていて、終わりを「終わり」と綺麗に宣言出来なくて。
「泣いてるの?」
「…ひあ!」
「あ、泣いてない」
突然前に現れたのは、見知った顔。
「…あ、相原くん?」
「泣いているのかと思った」
首を傾げると、わたしの頬を指先で触れた。
「…わっ、ひゃっ!ちょっと!」
「急にいなくなるから」
「…じゃなくて、手っ!手!」
「心配したんだって」
慌てて相原くんの手を掴んではなすも、飄々としている彼は何事もなかったかのようにわたしの目を見続ける。
その瞳の深さに、思わず顔を背けた。
「佐々木ってさ、彼氏いたよね?なんで年始だっていうのに、飲み会にいるの?」
この人、千里眼でも持っているのだろうか。なんてタイムリーな話題。
「…いいのよ、もう別れること、決定してるから暇だったの」
いざ時間があまると、答えのわかっている良くない結末ばっかり考えてしまっていて。
「ふーん」
聞いておいて、わたしの答えにはさして興味がなかったのか、適当な相槌だ。
「…そ、それにしても、飲み会は?」
気を取り直して、わたしは精いっぱい取り繕い笑った。
「佐々木は?」
「…わたしが先に、聞いたんだけど」
「佐々木と一緒だよ」
は?と言葉にならないが顔に出ていたのか、彼は口端だけで笑った。
「トイレ」
「…ええええええ!」
同じ手ででてきたっていうのか?!
て、ことは…
血の気が引く。
どうしよう!年始早々、同期に目の敵にされる!
「も、戻って!はやく戻れ!」
「やーだ」
マイペースなもの言い。この人、こんな性格だったっけ?!
「まじで、困るの!さっき隣にいた同期、貴方狙いなんだって!」
「おれは、佐々木狙いだから」
「あーー、そーーー、わかったから、早くもど…」
にんまり、身長はわたしより10センチ以上高いというのに、高校生と言われてもおかしくないほど童顔は、ニヒルに笑っていた。
「…なんじゃそりゃあああ!!!」
「探偵物語? 撃ってないよ、おれ」
「違うっつの! てか、わたし、彼氏いるし!」
「でも、もう別れるんでしょ?」
「はう!」
たしかに、それは先ほどしたばかりのすごく鮮度のいい話題だけれど。
あわてふためくわたしを、彼の手が押えた。
そして、
「いいじゃん、おれ、優しいよ?」
まるで、業火のような炎を宿した瞳が、
心臓を、撃ち抜いた。