ラスト・ラブ -制服のときを過ぎて-
「だから、いくら?」
「……10円です」
ついに根負けしてしまった。
「10円かあ」
目を細めて笑うと、彼は持っていた財布の中を探りだす。
「はい」
右手を差しだされる。
私よりもひと回りも大きな手のひらに、10円硬貨が乗せられていた。
「ありがとうございます」
受けとって投入する。
いっせいにランプが点灯して、その中から微糖のコーヒーを選ぶ。
腰をかがめてとりだして、ひんやりとした冷たさが指先に伝わると、火照った身体から瞬く間に熱を逃がしてくれる。
「今度、ちゃんとお返ししますね」
「べつに返さなくてもいいんだけどさ。その代わり、アドレス教えてよ」
「え?」
「だから、携帯のアドレス。それでチャラにするし」
番号なら、出会って間もない頃に交換しあっている。
実行委員同士で、連絡をとりあわなきゃいけない緊急事態が発生するかもしれないという理由からだ。
外村くんだけじゃなく、ほかのメンバーとも交換した。
でも、アドレスなんて。
10円を貸してもらう代償の、アドレス交換。
つまり、彼にとっての私の携帯のアドレスは、たかだか10円の価値しかないということなのか。
いや、そうじゃなくて。
「どうして、アドレスなんて……」
「実行委員、一緒にやって楽しかったのに、これっきりっていうのは、ちょっとさみしいなあと思ってさ。番号知ってるけど、メールでやりとりできると何かと便利だし」
冗談とばかり思った彼の顔は、いたって真顔だ。
一緒にいて、楽しい。
それはきっと、本心からの言葉。
私も思っていた。
実行委員が終われば、外村くんにかかわることはなくなる。
そうなれば、さみしい。
もっと一緒にいたい。
できれば、これからもそばにいたい。
そう考えていた。
彼も、同じ気持ちでいたなんて。