ラスト・ラブ -制服のときを過ぎて-
「ね、教えてよ?」
優しくささやかれたら、断れるはずもない。
エコバッグに手を忍ばせる。
入れてきたはずの携帯を指先で確認しながら、彼の目をまっすぐに見据える。
「いいですよ」
至近距離の彼の瞳に映る私は、笑顔に溢れていた。
彼もまた微笑んでいた。
そのあと、彼も同じ微糖のコーヒーを買って、食堂で体育祭を振り返っては笑い転げた。
彼の口から吐きだされるコーヒーの匂いは、今でもはっきりと思いだせる。
ほんの少し甘くて。
ほんの少し苦い。
アドレス交換は、実質、つきあいが始まる第1日目でもあった。
好きだ、ときちんと告白されたのは、そのひと月ほどあとのことだったけど。
あの日が最初の日だったと、今なら言える。
あの時の私には、彼の気持ちを何も理解できなかったけど。
あの時のコーヒーの味は、私たちの交際そのものを象徴していたのかもしれない。
キッチンに立って、マグカップを洗う。
蛇口から流れる冷たい水が、腕を伝っていく。
水の冷たさが、一瞬だけあの時の缶コーヒーと重なる。
外村くんも来るよ、と杏子は告げたけど、あくまでも勘にすぎない。
本当に同窓会に来るのか、当日になってみないとわからない。
それに、今さらのように宏之に想いを寄せたといっても、宏之はどうなのか。
もう10年が過ぎている。
今でも私を想いつづけているなど、ありえない。
私のいたポジションには、今は大切な女性がいるのかもしれない。
行こう、同窓会に。
宏之が来る保証はないけど、ないからこそ、行こう。
陽平からの許可もちゃんととった。
行けよ、と背中を押したのは、ほかでもない陽平自身だ。
陽平のその言葉があったから、心の奥で浮遊していた迷いが、ほんの少しだけど小さくなったのだ。